私の原点

建築家谷川勲氏の設計事務所に勤務して３年目、はじめて基本設計から竣工までのすべてを担当したのがこの住宅でした。建築の難しさ、面白さ、その存在意義を谷川氏のもとで学んでいた当時の私は、触ると火傷するぐらいに熱く、その情熱のすべてを「九条の家」に向けていました。悩み苦しみ、試行錯誤しながらも無事に完成した時は、安堵したのと同時に、施主様に喜んでいただけるのだろうかといった不安も残りました。

お引き渡しの日、はじめての自分の部屋に大喜びする息子さんの笑顔や目を潤ませて「ありがとうございました」とお声がけくださった施主様からのお言葉でその不安は消えましたが、むしろ、建築にたずさわる者としての責任の重さをずっしりと感じたのを覚えています。

日が暮れ始めていた薄暗闇の中の「九条の家」が私には神々しく、建築の女神の様に思えました。うまく言葉で表現できないのですが、決意とか覚悟とか、そう言った何かが刻まれた瞬間だった様に感じます。建築設計にたずさわって30年以上が過ぎましたが、今でも迷い苦しむことはなくなりません。そんな時は必ず「九条の家」を思い出します。「九条の家」は私の住宅建築の原点なのです。